イントロダクション:一つの時代の終わり
2026年1月27日、Amazonはすべての「Amazon Go」および「Amazon Fresh」ストアを閉鎖するという、一つの時代の終わりを告げるようなニュースを発表しました。これは単なる事業縮小ではなさそうです。高価で未成熟なテクノロジーを、低利益率の食料品事業における実行可能な経済モデルや真の顧客価値と結びつけることに失敗した、壮大な実験の終焉を意味します。
今回は、この撤退の背景にある複合的な要因を深く掘り下げ、Amazonがこの教訓から何を学び、次なる戦略として「ブランド」と「物流」という、競争優位性へと回帰するのかを徹底分析します。この出来事が小売業界全体の未来に与える影響を予測し、次世代の店舗体験の姿を展望します。
1. 壮大だった「Just Walk Out」実験とその終焉
2018年に登場した当時かなり話題になりました「Amazon Go」は、「Just Walk Out(ただ歩いて出るだけ)」という革新的な技術で」、レジでの会計が不要な買い物体験を約束しました。しかし、その壮大な実験は今年終わりを告げました。
2026年1月27日の発表によると、Amazonは米国内に存在する全72店舗(Amazon Fresh 57店舗、Amazon Go 15店舗)を閉鎖する決定を下しました。店舗数は近年変動していましたが、最終的に閉鎖対象となったのはこの合計72店舗です。ほとんどの店舗は2026年2月1日までに営業を終了し、小売業界に大きな衝撃を与えました。
2. Amazon Goはなぜ失敗したのか?連鎖した3つの要因
鳴り物入りで登場したAmazon GoとFreshのコンセプトは、なぜ大規模な成功を収めることができなかったのでしょうか。その背景には、収益モデル、テクノロジー、顧客体験という3つの要因が相互に連鎖し、問題を深刻化させた構造的な失敗が存在します。
2.1. 経済モデルの誤算:巨額のコストと低い利益率
撤退の最終的な引き金となったのは、収益モデルの誤算でした。Amazon自身も、「スケールに必要な収益モデルが不十分で、結果として特徴的な顧客体験を提供できなかった」と、その失敗を率直に認めています。
この収益モデルは、以下の要因によって破綻しました。
- 巨額の初期投資:店舗の天井に設置された数百台のカメラや、商品を認識するための重量センサー付きの棚など、ハードウェアへの莫大な先行投資が必要でした。
- 高い運営コスト:都心の一等地に店舗を構えるための高額なリース料は、利益を圧迫し続け、全面閉鎖以前にも一部店舗の閉鎖を引き起こしました。
- 運営上の硬直性:システムが正確に機能するためには、商品の配置(プラノグラム)を固定する必要がありました。これにより、セールや季節ごとのディスプレイ変更といった、小売業では不可欠な販促活動を柔軟に行うことが困難になりました。
- 相殺された人件費削減:レジ係をなくすことで人件費を削減する狙いでしたが、システムエラーを防ぐためにスタッフが商品をミリ単位で正確に配置する必要があり、そのための人件費が新たな負担となり、削減効果は大きく相殺されました。
2.2. 「無人」ではなかった裏側:テクノロジーの限界
この巨額のコストは、テクノロジーがほぼ完璧に機能することを前提として初めて正当化されるものでした。しかし、「Just Walk Out」システムが、完全な自動化というイメージとは裏腹に、実際には多くの人手に頼っていたという事実は、このテクノロジーの限界を象徴しています。システムはインドにいる約1,000人の従業員による手動での取引チェックに大きく依存していたのです。
Amazonの内部目標と実際の運用実態には、埋めがたい大きな隔たりがありました。
| 指標 | 数値 |
| 1,000件の販売あたりの手動チェック目標 | 20~50件 |
| 2022年半ばの実態 | 約700件 |
このデータが示すように、コンピュータービジョン技術は、多数の顧客が同時に行き交い、多種多様な商品が並ぶ複雑な食料品店の環境を正確に処理するには、まだ成熟していませんでした。この「見えざる人件費」は、収益モデルの前提をさらに崩壊させる一因となりました。
2.3. 顧客が求めなかった体験:利便性とプライバシーの壁
仮にテクノロジーが完璧に機能し、収益モデルが成立したとしても、Amazonは顧客が必ずしも最優先で求めていない問題を解決しようとしていました。提供された「レジなし」という価値は、顧客が支払う代償に見合うものではありませんでした。
- コントロール感の欠如:多くの顧客は、買い物をしながら合計金額をリアルタイムで確認できないことに不安を感じました。
- プライバシーへの懸念:システムが機能するために必要な広範囲のカメラ監視に対して、一部の買い物客はプライバシーに関する深刻な懸念を抱いていました。
- ブランドアイデンティティの欠如:Amazon Freshブランドは、競合他社との差別化に苦しみ、「既存のスーパーとあまり変わらない」と認識され、独自の強力なブランドイメージを確立できませんでした。
3. Amazonの次章:失敗から学んだ教訓と戦略転換
今回の店舗閉鎖は、Amazonが食料品事業から撤退することを意味するわけではありません。むしろ、これは高い勉強代を支払って次の戦略に生かせるということです。
3.1. 主戦場は「ホールフーズ」へ:「ブランド第一」への転換
Amazonは今後、食料品事業の主軸を、2017年に買収した高級スーパーマーケット「ホールフーズ・マーケット」に集約します。これは、Amazon Freshが確立できなかった強力なブランドアイデンティティを活用する、「テクノロジー第一」から「ブランド第一」への明確な戦略転換です。
- 単一ブランドへの集中:ホールフーズは、Amazonが米国で展開する唯一の実店舗ブランドとなります。
- 大規模な店舗拡大:今後数年間で100店舗以上の新規出店を計画しており、一部の旧Fresh店舗もホールフーズとして生まれ変わる予定です。
- 新フォーマットの成功:都市部向けの小型コンビニエンス・フォーマット「ホールフーズ・マーケット・デイリーショップ」(約650~1,300平方メートル)は、ニューヨークのレノックスヒル店で利用客の42%が新規または再訪顧客となるなど、新たな顧客層の獲得に成功しています。
3.2. テクノロジーの再定義:店舗運営から技術提供へ
「Just Walk Out」(JWO)テクノロジーは放棄されたわけではなく、その役割が再定義されました。
- B2BソリューションとしてのJWO:Amazonは自社店舗での運用から、この技術を外部企業にライセンス供与するB2Bサービスへとビジネスモデルを転換。現在、空港、スポーツスタジアム、病院など、世界360以上の第三者の施設で導入・活用されています。
- 顧客の不満に応える新技術:ホールフーズ店舗では、リアルタイムで合計金額を確認できる「Dash Cart(ダッシュカート)」や、手のひら認証決済「Amazon One」といった、より顧客に寄り添った技術の導入が進んでいます。
3.3. 原点回帰:最強の武器は「デリバリー」
最終的に、Amazonは物理店舗での局地戦から撤退し、自社の誰もが認める中核的能力であり、最も強力な武器である物流とデリバリーネットワークに再び焦点を合わせています。
- 生鮮食料品の当日配送サービスの売上は、2025年1月以降で実に40倍に急成長しており、この分野での圧倒的な競争力を証明しています。
- Amazonは食料品事業の未来を、斬新だが欠陥の多い無人店舗ではなく、その強力な配送ネットワークのスピードと効率性に見出しているのです。
4. Amazon Goが小売業界に残した影響と未来予測
Amazonの実験は、小売業界全体に重要な教訓と未来への示唆を残しました。
4.1. 汎用型「無人店舗」の終焉か?
Amazonの撤退と、競合のGrabango社が2024年10月に事業を停止したことは、あらゆる商品を扱う汎用的な完全無人スーパーマーケットの夢が一旦保留になったことを示唆しています。一方で、このテクノロジーは、スタジアムや空港のように、商品の種類が限定され、顧客の目的が明確な「管理された環境」において、有効なニッチ市場を見出しました。
4.2. リテールの潮流
Amazon Goが露呈した課題への直接的な市場の反応として、市場は「ハイブリッド型(自動化と手動の選択肢)」や「コスト対効果(ROI)の重視」へと移行しているように感じます。技術の目新しさよりも、在庫管理の効率化や店舗内広告による収益化など、実利的な価値を生み出す技術が米国リテールでは好まれているようです。
5. まとめ
Amazon Goの実験は、収益モデル的には失敗でしたが、そこから学べるところは大いにあります。それはAmazon自身と小売業界全体にとって、数十億ドル規模の高価な授業料ではありましたが、計り知れない価値を持つ教訓でした。
この壮大な実験が残した最も重要な教訓は、「実店舗の小売においては、顧客に選ばれるブランド体験と、利益を守る現実的な運営判断が、導入自体が目的化した技術投資に優先される」ということです。レジは接客の要という小売業の常識が覆されたように、テクノロジーは顧客体験を向上させる手段であって、それ自体が目的になってはダメなのです。
今のところ、複雑な店舗づくりを目指すのではなく、実店舗とデジタルを無駄なく一体化させたエコシステムを、最も効率よく構築できた企業こそが勝ち残りそうです。Amazonの今回の決断は、華やかな技術実験から、ブランド力とデリバリーという本質的な強みへの回帰を示しています。これは、その進化の次なる一歩を示す、重要な道しるべになるんじゃないでしょうか。

コメント